
はい、どうも中村です^^
この間、たまたまファーストデーで映画を観る機会があったので、
ちょうど公開日だった、
「君の膵臓をたべたい」のアニメ版映画を観て来ました!
この作品自体は2015年に知りまして、小説をジャケット買いしたまま、積ん読状態でした。。。
2017年に実写化されたりと、結構有名になった作品ですね!
ストーリーをざっくり話すと、
「君の膵臓をたべたい」……主人公である「僕」が病院で偶然拾った1冊の「共病文庫」というタイトルの文庫本。それは「僕」のクラスメイトである山内桜良 (やまうち さくら) が綴っていた、秘密の日記帳であり、彼女の余命が膵臓の病気により、もう長くはないことが記されていた。
「僕」はその本の中身を興味本位で覗いたことにより、身内以外で唯一桜良の病気を知る人物となる。 「山内桜良の死ぬ前にやりたいこと」に付き合うことにより、「僕」、桜良という正反対の性格の2人が、互いに自分の欠けている部分を持っているそれぞれに憧れを持ち、次第に心を通わせていきながら成長していく。
そして「僕」は「人を認める人間に、人を愛する人間になること」を決意。桜良は、恋人や友人を必要としない「僕」が、初めて関わり合いを持ちたい人に選んでくれたことにより「初めて私自身として必要とされている、初めて私が、たった一人の私であると思えた」と感じていく。引用元:ウィキペディア
タイトルからして、お涙頂戴だろどうせwみたいに思ってたのですが、ただの"お涙頂戴闘病ラブストーリー"ではなくて、「生きるとは?」について考えさせられる作品でした。
ここから先はネタバレあり!
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私はこの映画から、
生きるということ=自分で決める、選択すること
というメッセージを受け取りました。
私が印象に残ったシーンは二つ。
ヒロインの桜良と主人公の僕が、図書室で本の整理をしていた時。
僕が、桜良に「残り少ない命を図書室の片付けに使っちゃっていいの?」と質問した際に返した言葉。
「死ぬまでにやりたいことはあるでしょう?でも今、それをやってないじゃん。私も君も、もしかしたら明日死ぬかもしれないのにさ。そういう意味では私も君も変わんないよ、きっと。一日の価値は全部一緒なんだから、何をしたかの差なんかで私の今日の価値は変わらない。私は今日、楽しかったよ。」by山内桜良
確かに、一日の価値ってみんな一緒ですよね。
寿命は分からずとも、毎日同じ24時間与えられている。
その時間をどう使うかも、意味付けをするのも自分だから。
私が"生きる"とか、"死ぬ"とかにすごく敏感なのは、おばあちゃんの件もあったし、緩和ケア病棟で理学療法士をしていた時に毎日、必死に生きることと向き合う患者さんと過ごして来たからってのは大きいと思う。
人はいつ死ぬかなんて分かんないんだよ。
だから、今生きているうちに、元気なうちに、本当にやりたいことがあるならやったらいい。
(毎回重くてすみませんねw)
もう一つは、僕が桜良の実家にお邪魔した時。桜良にいたずらされたことで怒りを覚えた僕が、そのまま桜良をベッドに押し倒し、泣いてしまった桜良を見て罪悪感から家を飛び出した後のシーン。
走って戻って来た桜良と仲直りした際に、僕が雨の中で想ったことを話す。
「僕なんかといるよりは、君のことを本気で想ってくれる人といた方がいいんじゃないのかな。僕らはあの日、病院で偶然に出会っただけに過ぎないんだから」というと、彼女がこう返すんです。
「違うよ。偶然じゃない。私達は、皆、自分で選んでここに来たの。君と私がクラスが一緒だったのも、あの日病院にいたのも、偶然じゃない。運命なんかでもない。君が今までしてきた選択と、私が今までしてきた選択が、私達を会わせたの。私達は、自分の意思で出会ったんだよ。」by山内桜良
これを観た時、"今の自分"は、あの時の自分の選択によって作られているんだな、と思ったんです。
よくも悪くも。
なんでこんなにこのシーンが響いたんだろう?と思った時に、
選択一つで人生が変わることを実感してきたから。
たくさん、いろんな決断をしてきました。
小さなものも、大きなものも。
いろんなものを失ってきたし、その代わりにいろんなものを得てきた。
今が楽しければいい!と思って25歳までずっと生きてきて
仕事も楽しかったし、友人や職場の同僚・上司や後輩にも恵まれて、これと言ってすごい不満なんてなかった。
それなりに現状に満足してたし、あの時も幸せではあったし、わざわざ変える必要なんてなかったのかもしれない。
でも、毎週日曜日に襲われるサザエさん症候群、月曜日のなんか気だるい気分。
いつまで続くんだろう?って思いながら、毎日同じことの繰り返しで過ぎていく。
未来が見えない。。。どこかでずっと思っておりました。
病院で働いていた時に自分の人生を考え始めることがあっても、
このままでいいのかな?と思ったけど、ずっと動くに動けなかった。
そんな時に当時の彼とモヤモヤが続いて、"別れるという選択"をした。
その後に"病院以外の色々な人と出会うという選択"をして
たまたま出会った人から、"会社に属さないで稼ぐ方法を知るという選択"をした。
自分で稼ぐ、ビジネスってものを知った。
よくわからなかったけど、ワクワクしたから"その世界に飛び込むという選択"をした。
難しいと思って諦めようと思ったけど、"諦めないという選択"をした。
方法は一つじゃないと知って、もっと"他を知るという選択"をした。
そこで行動し続けていた時にきっかけをもらって、"ビジネスを教えてもらう"という選択をした。
やっぱり自分には無理だと思った時もあったけど、"結果を出すまで諦めないという選択"をした。
ずっと同じところに居続けることもできたけど、"新たな挑戦がしたくて大阪に行くという選択"をした。
こうやって、書いていて思ったけど、
今の自分を作ってきたのは、その都度自分が決めた選択によって道が開かれていたからだと実感しますね。
映画の最後でも、「僕」が桜良みたいになりたいと気付く瞬間と、桜良のように人を認められる人間になろうと決める瞬間があるんです。
そうやって、「僕」が自分で決めたことによって、ラストシーンでは序盤と別人のように変わっていました。
運命や偶然なんかではなく、全て自分が決めてきたからここに居る。
だから、自分と関わっている人と出会えたのも自分たちの選択によってだ。
今、ビジネスでお世話になっている人や大事な友人たちも、東京や大阪で出会った沢山の人たちも、自分が選択してきたから縁を作っている。
逆に言えば、選択を変えれば、結果は変わるということ。
現状に満足していないなら、
現状をどうにかしたいと思うなら、
自分がしている選択を少し変えてみることで、道が開けるのかもしれない。
全ては自分が今を作っているし、今の自分が未来を作っているということ!
生きるとは、自分で決めること。
流されて生きているってのは、自分が無いってのと同義だし、
生かされているってことだと、私は思います。
とまあ、そんな感じで「君の膵臓をたべたい」という映画から学んだことでした。
号泣必須の映画でしたので、まだ観てない方はぜひ!
小説もおすすめ!!
読みたい方はお貸ししますw
今日はここまで!