お疲れ様です!

暑い日が続いていますね。

お部屋のクーラーをガンガンにして
お布団でぬくぬくするのが大好きな中村です!

まだまだ暑い夏は続きそうですね。

 

夏は冬が恋しくなり、
冬は夏が恋しくなる。

 

ある時には気付かず、
ない時に寂しくなる。

 

<あると思うから、当たり前になること>

 

 

今日は、そんな話をします。

少し考えてみてください。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

今、みなさんは

ベッドの上に仰向けで寝ています。

ベッドの周りはグルッとカーテンが引いてあり

頭の上のライトが少し眩しい。

 

残された時間、

あと48時間。

 

48時間後、

あなたの命が消えてしまうとしたら。

あなたは何をしますか?

 

 

寝てる暇も惜しいんじゃないでしょうか。

できることは限られている。

48時間後。

 

 

あなたは

今見ている景色が見えなくなります

 

伝えたいこと、想ったことを伝えられなくなります

 

もう、大切な人に会えなくなります

 

家族、友人、恋人、師匠、

お世話になったみんな、

 

もう会うことができません

 

好物だったケーキも食べられなくなります

 

笑ったり、泣いたり、

何かに感情を動かされることもできなくなります

 

何かを頑張ったり、

悩んだり、

悔しいと思うこともなければ、

達成した時の喜びをかみしめることも、分かち合うこともできなくなるでしょう

それが分かっていたら、

残りの時間をどう過ごしますか?

 

 

そうです。

 

 

時間は有限です。

 

 

 

もしかしたら、

10年後、

5年後、

1年後。

 

 

いえ、

一ヶ月後、

明日かもしれない。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

人は最期を意識したり、

なくなってしまった時に

大切だったということを実感します。

でも、無くなってしまってからでは遅いんです。

 

なんとなく頭の片隅では分かっているものの、

考えると分からなくなるから、考えないようにする。

 

だから、本当にその時が訪れたらすごく後悔します。

 

 

私はそうでした。

 

今がちょうど夏だから、思い出します。

 

新潟にあるうちの実家は、クーラーが弱くて全然冷えなかったんですよね。

 

なので実家に住んでた時は、隣に住んでいるおばあちゃんちで涼むのが日課でした。

 

 

中学三年生の夏休み、高校三年生の夏休み。

 

部活を引退してからは、毎日のようにおばあちゃんちでテレビを見ながら、アイスを食べてグダグダしていました。冬はコタツでぬくぬくして。

 

そんなわたしにおばあちゃんはずっと話しかけていたけど、

「あー」とか「んー」とか、そっけない返事ばっかしてた。

 

あの頃は、それが当たり前だったし、そんな日々がずっと続くと思っていたんですよね。

 

 

でもね。

 

 

当たり前なんてないんだ。

 

日々を当たり前って思って過ごしてると、マジで後悔すると思う。

 

「いつか」が「あの時」に変わる。

 

ということで少し、わたしの話を。

 

わたしの両親は共働きで、基本おじいちゃんとおばあちゃんが面倒を見てくれていました。

わたしはいつも実家の隣にある、祖父母の家にいることが多かった。

 

おばあちゃんは話が長かったり、すごくお節介だったので、家族から煙たがられていました。

 

わたしも家にいる時は一緒にいるものの、

話しかけられても「あー」とか「んー」とか、そっけない返事ばかりで、あまり構ってあげられませんでした。

 

でも、両親と喧嘩するといつもおばあちゃんに話を聴いてもらっていたりして、なんだかんだおばあちゃんに助けられていました。

 

18歳の春、理学療法士になるために、実家から離れてリハビリの専門学校へ入学。

そこから一人暮らしがスタート。

 

学生時代は、月に1回は必ず実家に帰っていたのですが、

帰るたびにおばあちゃんの物忘れが酷くなっていて、話すたびにイライラしていました。

 

社会人になってからは、関東に上京。

 

前のように頻繁に実家へ帰ることもなくなり、半年に一回大型連休の時に帰省していました。

 

おばあちゃんはもともと糖尿病があって、体が丈夫なわけではなかったんですが、

半年に一回帰るたび、痩せ細っていて、記憶も曖昧になっていってました。

今思えば認知症の初期症状だったんだと思う。

幸い、わたしは医療のお仕事で知識はあったから、何かあっても大丈夫と思っていました。

 

 

 

 

忘れられない2015年の12月。

 

季節はクリスマスや忘年会シーズンで、街はキラキラ賑わっていました。

 

 

当時、働いて4年目、それなりに仕事も楽しくなってきて

色々なことを任されるようになったり、

学会発表や実習生指導、呼吸療法認定士の資格勉強。

 

この年は過去最大に忙しく、ほとんど実家には帰れていなかったので

年末は絶対に帰ろうと思っていたんですよね。

 

当時、その日はちょうど病院の忘年会で、

お世話になった上司や先輩たちに挨拶周りをし、ほろ酔い気分で二次会行くかどうかを考えていた時のこと。

 

母親から電話がかかってきたんです。

 

 

珍しいな〜と思いながら、電話に出ました。

 

 

「もしもし?こんな夜にどうしたん?」

ちょっとテンションがハイになっている私。

 

 

「・・・・・・」

電話口からは無言。でも、なんとなく母親が泣いているようだった。

 

 

「なに?なんかあったん?」

 

 

 

「ばーちゃんが・・・

 

 

 

今夜が山だって言われて・・・

 

今すぐこっち帰ってこれる???」

 

 

 

 

「え????」

 

 

 

 

それを聞いた瞬間、理解ができなくて、頭が真っ白になったことを覚えています。

 

 

忘年会はホテルで開催されていたんですが、

周りの目も気にならず、私は号泣してしまいました。

 

近くにいた仲良しの同期が声をかけてくれて、今あったことを泣きながら話しました。

 

 

そしたら、当時お世話になっていた同じ病棟の先輩を呼んでくれて、

「今すぐ実家帰ってこい!明日の仕事は休んでいいから!」

 

そう言ってくれて、すぐに駅に向かいました。

 

 

しかし、なんということか、

 

給料日前で手持ち金もカードもなく、常に貯金がない人間だったので、

これでは新幹線に乗れない・・・!

 

当時、勉強会や飲み会(病院のイベント)でかなりお金を使っていたので、カツカツな状態でした。

お金が無いってこういう時、最大に困ると実感。。。

 

幸い、仲の良かった同期がその場でお金を貸してくれて、すぐに駅に向かいました。

(R、本当にありがとね)

 

 

結局、終電に間に合わず、

その日は新宿の漫画喫茶で一晩明かして、早朝すぐに新幹線に飛び乗りました。

 

 

 

が、実家に向かっている新幹線の中で

 

 

「今、亡くなったわ。」

 

 

 

と 弟からLINEがきました。

 

 

 

私はそのまま実家に向かい、自宅に着いた時、

ばあちゃんの顔に白い布が被せてあって

 

親戚や近所の方がグルッとばあちゃんを囲んで泣いていました。

 

 

 

その時、私は

 

あ、もうばあちゃんと喋れないんだ。

 

 

間に合わなかった。

 

 

年末、帰る予定だったのに。

 

 

ばあちゃん、ごめん。

 

 

ごめんね。

 

 

 

 

何かがグッと込み上げてきて、

 

ばあちゃんの横でずっと泣いた。

 

 

いつでも会えるって、ばあちゃんがいることを当たり前だと思っていた。

 

 

いつも邪険にしてしまっていたけど、

なんだかんだ大好きだった。

 

いつかは恩返ししようって思っていたけど、もうできない。

 

 

いつかの旦那さんとの結婚を楽しみにしてくれてたけど、

結局見せられなかったな。

 

 

理学療法士としても結構成長したんだよ。

勉強会で学んだ治療もしてあげようと思ってたのに。

 

 

 

 

この日は私にとって、忘れもしない。

 

当たり前なんて無いんだって、

その時、心に刻みました。

 

 

 

いつか人は亡くなってしまう。

 

分かってはいたけれど、

先延ばしにしたことが多すぎた。

 

 

すごく後悔しました。

 

何をしていたとしても、結局後悔はするよ。

と、誰かが言っていたけれど、

 

日々全力で生きていたら

後悔じゃなくて感謝できると思います。

 

 

伝えたいことも、してあげたいことも沢山あった。

 

 

なくなってから、

私が過ごしていた時間は

当たり前なんかじゃなくて、とても大事な時間だったと気付く。

 

 

おばあちゃんとの出来事を通して、生きる時間の大切さを知りました。

 

 

それは、誰かとの時間もそうだし、

 

自分の持っている時間もそう。

 

 

無限にあるわけじゃ無い。

 

 

だけど、私たちは時間を無限にあると勘違いし、

 

どうでもいいことや、特に大切でも無いことに時間を使っていく。

 

時間が使われていくということは、

命も削られているということだ。

 

 

 

なんか、すごく重〜くなってしまいましたが、

これは私が何よりも一番大事にしていることです。

 

自分の人生だろ?

どう生きたいか決めて、それに向かって生きろよって。

 

 

だから私は、

やろうかやらないか迷った時、失敗するリスクがあっても挑戦する方を選びます。

 

 

 

世の中には、生きたくても生きられない人って沢山います。

 

やりたいことをやり残して亡くなっていく人。

 

 

そんな中、あなたは五体満足で生まれ、

家族もいて、友達もいて、大切な人もいる。

 

 

それなのに、ただただ毎日を流れるまま過ごしていく。

怠惰以外の何物でも無いわ。

 

 

その時間を欲しいと思っている人が沢山います。

 

 

何かやりたいことがあって迷っているなら、「やらないで後悔」はしないでほしい。

 

せっかくの命、

自分という人間に生まれたんだから謳歌しましょうよ。

 

死ぬこと以外、かすり傷でしょう。

 

生きていれば、何度だってやり直せるんだから。

 

 

大事なのは、

 

 

できるできないじゃなくて、やるかやらないか!

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